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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)1096号 判決

原告

狩野うた子

被告

株式会社明電舎

右代表者代表取締役

今井正雄

右訴訟代理人弁護士

河合信義

(他三名)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有することを確認する。

2  被告は、原告に対し、金三五万円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第二項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  慰謝料請求について

(一) 原告は、昭和五一年一二月、被告会社大崎工場の電話交換手として入社したが、その後、庶務部門に配属となった。しかし、その後約一カ月間、仕事も与えられず、原告が辞職するのを待たれているかのような処遇を受けた。

(二) 入社後四カ月間経過後には設計部門に配転されたが、そこで設計課長から給料の管理に関して注意を受けた。原告は、この仕事上のミスの原因は精神障害にあると考え、親元で療養するために同五二年六月二四日に退職した。

(三) 原告は、右退職願提出後に事の重大さに気づき被告会社に退職の意思の撤回を申し出たが認められなかった。

(四) そこで原告は、同五四年六月頃、大森簡易裁判所(以下大森簡裁という)に被告会社を相手方として、慰謝料の支払い等を求めて調停の申立をした。この調停には被告会社から人事部長と人事課長が出席していたが、原告が、被告会社が慰謝料を支払う気持がないのなら復職する旨述べたところ、人事部長は「それは拒まない」と述べ、立会の裁判官は「その時は公の機関を利用して」と言った。それにもかかわらず、被告会社は右発言を否認し、原告の復職を認めない。

(五) 以上のとおり、原告は、被告会社在職中不当な扱いを受け、また、調停において、一旦は原告の復職を認めながら、後にこれを否定しており、これは不法行為に該当するから、原告はこれに基づく慰謝料として金三五万円の支払いを被告に対して求める。なお、現実の損害額は、原告が被告会社に定年まで勤務した場合に支払われるべき賃金の合計額に相当するが、右三五万円はその一部請求である。

2  雇用関係確認について

前記のとおり、被告会社は、大森簡裁における調停の席上、原告の復職を認めたものであるから、原告は被告会社の従業員たる地位を有するものであるところ、被告はこれを争うので、この確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)中、原告が昭和五一年一二月に電話交換手として被告会社大崎工場に入社したこと、その後庶務部門に一カ月間配属されたことは認め、その余は否認する。

2  同(二)中、原告が設計部に配転されたこと、設計課長に給料管理の面で注意を受けたこと、昭和五二年六月二四日に退職したことは認める。その余は不知。

3  同(三)は不知。

4  同(四)中、原告が昭和五四年六月に大森簡裁に被告会社を相手方として、主張の内容の調停申立をしたこと、は認める。その余は否認する。

5  同(五)は争う。

6  同2に主張の事実は否認する。

三  被告の抗弁及び主張

1  抗弁

原告が被告会社を退職したのは昭和五二年六月二四日であるところ、本訴が提起されたのは同五五年九月二六日であり、退職日から三年を経過しているので、原告主張のうち、被告会社在職中の不法行為に基づく慰謝料請求部分は消滅時効にかかっている。

なお、原告は同五四年六月に調停を申し立てているが、これは同年七月一九日に不調に終っており、その後本訴提起まで裁判上の請求はしていないので時効の中断事由も存在しない。

2  主張(原告の退職及び調停の事情)

(一) 原告は、大崎工場に入社し、一週間の導入教育後、電話交換業務に就いたが、技量、執務態度に難点があり、同僚等ともうまくいかず、原告も「交換以外の業務なら何でも良い」との申出があったため、被告会社は、昭和五二年三月一四日、原告を一時、総務勤労課庶務グループに配転し、他の適職を探していた。

(二) 被告会社は、同年四月一一日、原告を大崎工場設計部に配属した。原告は、同年五月二七日、「結婚準備のため帰省するので、遅くとも六月一〇日までに退社したい」と申し出たが、その後、「失業保険の受給資格を得たいし、ボーナスの関係もあるので、給料日の六月二四日まで勤務したい」と退職希望日を変更した。被告会社は原告の希望を入れ、原告は同年六月二四日まで勤務し、円満に退職した。

(三) 被告会社は、原告に対して本人の希望を十分尊重した取扱いをしており、原告の主張するような非人間的な態度をとったことはない。

(四) 原告は、退職後、数回にわたり再入社の申入れをしてきたが、被告会社がそれに応じなかったところ、原告は、同五四年六月ころ、大森簡裁に本件と同様の理由により、「申立人に可能なる金銭及び精神的代償を支払うこと」を求めて調停の申立をした。

(五) 右調停は、同年六月二五日、七月一九日の二回にわたり行なわれたが、被告会社は右申立に理由のない旨を原告及び調停委員に説明したが、原告は、「金はいらない。会社に復帰したい」などと申立の趣旨と異なることを主張して譲らず、右七月一九日に調停不調に終った。

(六) 被告は、右調停の席上、原告を再雇用する旨述べたことは一度もなく、原告の再雇用の申出に対しては一貫して拒否してきたものである。

(七) よって、原告の主張は全く理由のないものである。

四  被告の抗弁及び主張に対する認否

1  大森簡裁における調停が昭和五四年七月一九日に不調になったこと、及び、それ以後本訴提起に至るまで、被告に対して何らの裁判上の請求をしていないことは認める。

2  原告が被告に対して、「交換以外の業務なら何でも良い」と言ったこと、同五二年五月二七日、原告が「結婚準備のため帰省するので、遅くとも六月一〇日までに退社したい」と言ったことはいずれも否認する。

第三証拠(略)

理由

一  原告が、昭和五一年一二月、被告会社大崎工場に電話交換手として入社したこと、その後庶務部門に一カ月間配属されたこと、原告が設計課長に給料管理の面で注意を受けたこと、原告が同五二年六月二四日に被告を退職したこと、原告が同五四年六月に大森簡裁に被告を相手方として慰謝料支払い等を求める調停申立をしたこと、右調停事件は同年七月一九日に不調になったこと、原告は、右不調後本訴提起に至るまで、被告に対して何らの裁判上の請求をしていないことの各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実と証人松井達治の証言及びこれによって真正に成立したものと認められる(書証略)、本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く)によると次の事実が認められ、本人尋問の結果中これに反する部分は採用しない。

1  原告は、昭和五一年一二月一三日、被告会社大崎工場に電話交換手として入社したが、原告は執務能力、執務態度、同僚等との人間関係に難点があったため、被告会社は、原告の希望も聴取して、他の職場に配転することにしたが、適当な配転先を検討する間、同五二年三月ころから、とりあえず総務勤労課庶務グループに配属した。原告は、ここでは文書の発送、配付、帳簿記入の業務を担当した。その後、設計部において人員の不足をまたしたため、被告会社は、原告の意見を聞いたうえ、同年四月、原告を同部に配属した。原告は、同部において文書整理、給料管理等の庶務的な業務を担当していたが、原告は、同課の課長から不在者の給料を自分の机の中に入れて置かないようにとの注意を受けていたにもかかわらず、同年四月の給料日に出張のため不在であった職員の給料を自分の机の中に入れたまま帰宅するというミスをしたこともあり、群馬県の実家に帰ることを思いたち、被告会社に同年五月二七日ころ、退職を願い出たが、同年六月分の給料日が二四日であったことや、失業保険の受給資格の問題等から同年六月二四日をもって被告会社を退職することとし、その旨の退職願を提出し(なお、退職願の退職理由調査表欄―上司記入―には、親元に帰り結婚準備との理由が記されている)、同日付をもって被告会社を退職した。

2  原告は、その後、被告会社を退職したのは失敗だったと考えるようになり、同年八月ころから上司であった訴外田中課長等に復職を折衝したが、被告会社は再雇用する意思はない旨伝えて拒否していた。

3  そこで、原告は、同五四年六月に至って、大森簡裁に被告会社を相手方として、被告会社在職中に不当な扱いを受けたとして、慰謝料等の支払いを要求して調停の申立をした。

右調停には被告会社から訴外豊島総務部長、同松井、同小林両勤労課長が出席し、調停は同年六月と七月一九日の二回にわたって行なわれた。七月一九日の調停において、被告会社が慰謝料を支払うことを拒否したところ、原告は被告会社への復職を要求し、被告会社はこれに応じなかったため、調停は不調に終った。

以上の事実が認められる。

三  右認定事実から考えるに、原告が被告会社在職中に、被告会社から不法行為に該当するような不当な扱いを受けた事実は認められず、また、調停の席上で被告会社が原告の復職を認めた事実も認めることができないから、被告の不法行為を理由とする原告の慰謝料請求は理由がない。

なお、原告が被告会社を退職したのは前記のとおり同五二年六月二四日であるところ、本訴提起は同五五年九月二六日であることは記録上明らかであるから、被告会社在職中の不法行為を理由とする損害賠償請求権は、いずれにしても時効によって消滅している(原告は、前記のとおり、同五四年六月に大森簡裁に調停を申立てているが、これは同年七月一九日の調停期日に不調になり、その後本訴提起まで原告は被告に対し何らの裁判上の請求をしていないことは当事者間に争いがないから右判断に影響を及ぼさない)。

また、雇用関係確認請求についても、被告会社が原告の復職に合意した事実が認められないことは前記のとおりであるから、右合意を理由とする原告の請求は失当である。

四  以上のとおり、原告の請求はいずれも理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 赤西芳文)

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